日本人は、和食を食べているのが、もっとも楽に健康管理ができる。
日本人なら日本食。そんなの当然!
日本の風土に培われ、日本人の感性に磨かれ、日本で厳選されてきた食事を摂る。先祖代々食べてきたものが、カラダにラクチンなんてこと、わざわざ科学を駆使して説明するまでもない。
と、いうのに……。
ある「
着物友達」から悩み事相談が届いた。
着物を着ていると、好奇心の視線でジロジロ見られて、どうも落ち着かない。何より、連れ合いがそれを恥ずかしがると云う。
なんてことだ! でもね、それって、ちょっと勘違いも入っている。たしかに自分も洋服から
着物の転換期のときに、同じことを思った。
でも、それは半分自分の思い込みだった。
着慣れていないから、どこか不自然でよく目立つ。だからみんな、自分を見る。それに
着物に対して自信がないから、ジロジロ見られているような気にもなる。
ほんとはね、みんな、
着物が懐かしくて好きで、それで
着物をじっくり見てしまう。そういうことにふと気がついた。
十人男性がいれば、十人とも「
着物の女性なら、年齢に関係なく好き」と答える(別に脅迫して言わせたわけじゃないわよ)その理由は? と訊ねると「よくわからないけど、なんとなく好感を持つ」という言葉が返ってくる。
「なんとなく」この曖昧な感覚を、ヘリクツで説明すれば――
着物に対する愛着が、日本人のDNAに代々擦り込まれてきた。だから、半世紀ほど
着物を見なくなったくらいで、
着物に対する愛着が薄れることなどない。
ヘツ?
着物に科学を持ち出すなんて、とっても野暮だって? たしかにそう。
とにかくも、日本人は
着物を着ていると、かなりましに見える。洋服をきて背伸びをして、西洋人と比べっこして、コンプレックスの塊になるより、ずっとましで美しい。
日本の風土に合致して、日本人の体型に合致して、日本人の顔つきにも合致した
着物。洋服にむりやりカラダを押し込んで、厚化粧に時間をかけるだけヒマがあるなら、ほんの少しでいいから
着物のことを思い出してほしい。
着物は、カラダにあわせて自由自在に変化(へんげ)する。洋服じゃそうはいかない。靴がそうであるように、猫のようにワガママに、「自分にあわせろ!」と自己主張してくる。
さて、きょうはどんな風に着付けようかしら? 腰紐のかげんで、どうにでもなる、キ・モ・ノ。気分しだいのキ・モ・ノ・自分に似てるみたい。
(写真/古瀬惠一)写真はクリックすると拡大します。